ぼんくら大学生体験の記録

今年で都合10年ほど学生をしていた京都を去るので、大学や日常生活で体験した、ぼんくら大学生体験を記録としてまとめておこうと思う。ずいぶん昔の学部時代の話で、多少の記憶の変質による脚色はあるかもしれないが、努めて誇張抜きに書く(少し盛るに留めるという意味)。

張出(はりだし)副部長

ぼくは大学・学部生活の4年間を落語研究会で過ごした。落研には奇妙な伝統や風習が数多くあった。手はじめに例を挙げると、ぼくが落研で就いていた役職は「張出副部長」である。張出副部長って何だよとお思いの方は多いと思う。安心してほしい。当然ぼくもそうだったし、そもそも「張出副部長」はインターネットで検索しても一切ヒットしない、純然たる造語である。

昔の相撲に詳しい方であればご存知かもしれないが、「張出(はりだし)」が何に対して張り出しているのかというと、その答えは番付表である。
かつて相撲において三役(大関・関脇・小結)や横綱は、それぞれの役職で東・西一人ずつの定員二名とされていた。これが、後にふさわしい成果をもつ人間がいたなら定員を気にせずどんどん役職に就けようというノリになって、だんだん大関が5人いたり横綱が3人いたりするようになっていったという歴史があるのだが、相撲の番付表は「各役職は東西に一人ずつ」という理念に基づいて対称形に設計されていたので、3人目の名前を書くスペースがない。ここで用いられたのが「張出」というメカニズムである。

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右上、左上に「張出」がある
http://blog.livedoor.jp/nagaseechizen/archives/298618.html

何のことはない、スペースがないなら番付表の外に書いちゃえ! というわけである。誰が名付けたか知らないが、そういうわけで、落語研究会の張出副部長というのは相撲になぞらえば「副部長にふさわしい成果をもつので定員をこえて副部長にした」という員数外の副部長(?)なのだ。
落研では「張出副部長」は定員1の決まった役職としてずっとあるので、もはやそれは張出でもないのでは? と思わなくもないが、まあ、そこはそれ、とにかくそういう由来でできた役職なのである。

会則では張り出し副部長は部の会計監査をしたり部長や副部長の仕事を助けたりることになっていたが、やらなければならない仕事も他の役職と比べると少なく、伝統的には会内でチャランポランだったりムードメーカーだったりの人間がおふざけで選ばれることが多かったように思う。
例に漏れずぼくも張出副部長として求められている仕事に精を出し、ケンカしている部員たちに熱心に茶々を入れたりまぜっ返したりして大いに楽しんだ。

ちなみに相撲では平成6年から番付表の中に全部書くようになったそうで、この張出表記はもはや残っていないとのことである。

謎かけ男の怪

そのような感じで毎日楽しくやっていた夏休みのある日、大学の学生課から落研に苦情がきた。なんでも落研部員を名乗る人が百万遍交差点周辺の街や大学構内でナンパをして連絡先を聞き出そうとしてくるそうで、迷惑しているとのことであった。

その人物というのが、「俺は落研の部員なんだけど、お題くれたら謎かけするよ〜。なんか適当な単語言ってみてよ」というように、謎かけを口実にターゲットに近づき、しょうがないかと適当な単語を言ったが最後、「その心は! 〇〇でしょう〜」と鮮やかに解いてみせ、感心して心に隙ができている隙に連絡先を聞き出すという手口だそうである。この「謎かけ男」、話に聞くと物語の怪人のようで愉快だが、当事者にとってはこんな人物に話しかけられるのはたまったものではない。

被害者が「落研部員と名乗っていた」と証言するので落研に苦情がきたわけで、苦情がきた次の落研の例会は「謎かけ男は誰か」という謎で大いに盛り上がった。そんなに特別にめっぽう謎かけがうまい部員というのも見当がつかないし、だとしたら落研内では実力を隠しているはずで、そうまでして他の部員に黙ってそんな怪しい活動をしているのは一体誰なのか。誰もが自分ではないと言うし誰も犯人に心当たりはないしで謎は深まるばかりで、結局解決されることもなく、その会では謎かけ男事件は迷宮入りとなった。
学生課には「うちの部員ではありません」と回答した。

状況が変わったのがそれから数週間が経ってからのこと。なんでも部員が絶賛ナンパ中の謎かけ男の現行犯に遭遇した(!)とのこと(部員が謎かけナンパを持ちかけられたのだったかもしれない、ここは記憶が曖昧だ)だった。謎かけ男の正体は、ストリートで謎かけを行う口実として便利なので落研を詐称していただけで、落研とは縁もゆかりもない人物だったのである。そういうわけで、遭遇した部員に連れられて、落研の部室へと怪人・謎かけ男がやってきた。

「謎かけ男が部室に来ました。暇な人は部室に来てください」てな感じのメールが落研MLから回ってきて、ぼくはそこではじめて謎かけ男の来訪という大イベントを知って、自宅から慌てて自転車を転がしたのだった。

ぼくが部室に着いた頃には部員たちによる尋問もひと段落といったところで、謎かけ男もポッキーなんかを食べながらくつろいでいた。謎かけ男の風体はよく覚えていないが陽気な大学生という印象を受けた記憶がある。うちからはとりあえず「迷惑なのでうちの看板は名乗らないように」と約束してもらい、落研と謎かけ男の関係としてはこれで手打ち、ということになった。

そこからどういう流れか謎かけ男と謎かけ勝負をしようという話になって、落研VS謎かけ男の謎かけバトルがはじまった。

ここで、謎かけというのはその場で当意即妙にすべて考えていると思われがちだが、その実態はだいぶ違う。謎かけは事前に大量の「解のタネ」を用意しておいて、出されたお題に適合するタネを頭の中でサーチして、お題に合わせて調整して出す、という流れで作られることが多い。

xcloche.hateblo.jp
謎かけに関連した過去記事

要は謎かけとは、良質で大量のストックがあるかないか、そこからうまく現状にあったものを取り出せるか否かという、ラッパーがライムになりうることばの候補を書き綴ったリリックノートを着想元にフリースタイルのラップを産み出すような営みなのだ(ほんとか?)

ストリートで能力を磨き続けた謎かけ男のストック・謎かけ力はすさまじく、バトルの場に落研部員は10人弱くらいいたがあえなく負けてしまった。残念ながらどんな題が出てどんな解であったか大半は忘れてしまったが、「落語」という落研部員にとってはおなじみのお題にもたちどころに

「「落語」とかけまして、「受験生」と解く」
「そのこころは?」
「おちないよう(落ちないよう/オチ・内容)頑張ります!」

というなかなかのヒットを見せてくれたのが印象的だった。

謎かけナンパ時に必ず持ち歩いているというB6の小さなノートにはたくさんの名前と連絡先が連なっており、謎かけでナンパってわりとうまくいくんやなあ、と妙に感心したのを覚えている。

入部こそしなかったもののそれから謎かけ男との交流はしばらく続き、寄席などのイベントに呼んで来てもらったときは、大喜利で持ち前の謎かけパワーを十全に発揮してもらった。

ちなみに落研に「呼び出し」されて学生課からの苦情の話を聞いて何か思うところがあったのか、伝え聞くところによると、それからの謎かけ男はしだいに謎かけをしなくなり、ただのナンパ野郎になったそうである。

銅鑼と選挙

選挙は落研の一年の中でも屈指の大々々イベントで、会長・副部長・張出副部長・書記の四役を選ぶ催しは毎年、夕方から朝まで、夜を徹して行われた。どうして選挙が大イベントになっていてそんなに時間がかかるのかというと、まるで終わるつもりのない、妙ちきりんな形式をしていたせいである。

選挙の流れはこうだ:

  • 選挙権を持っているのは現会員。
  • 候補者は、OP以外の森羅万象。
  • 会員は白紙(A4コピー用紙を8分割したもの)に候補者の名前を書き、4ツ折にして、投票箱である裏返しにした銅鑼(寄席を行うとき使っているもの)に入れる。
  • 現会長が開票し、書かれていることを読み上げる。記録係が集計する。
  • 過半数が同じ候補の名前を書いていたら当選。
  • 票の記録係は投票が10回行われるごとに交代する。

細かいところに目をつぶれば、候補者の名前を書いて投票して過半数を超えてたら当選、という至極真っ当なもののはずなのだが、この投票用紙に書かれるのはまともな落研メンバーの候補者の名前のみにあらず、ここにはまさしくOP以外の森羅万象が書かれた。

開票作業はこのような感じですすむ:

  • 会長が投票用紙を読み上げる。「◯◯(部員名)」
  • 会長が投票用紙を読み上げる。「△△」
  • 会長が投票用紙をしばらく見てから読み上げる。「◯◯と××が即興コント、1分 お題:ラーメン屋」 それを聞いた◯◯と××がしぶしぶ立ち上がって、見切り発車でコントをはじめる。「ラーメンください」「ハイ、一丁!」……こんな無茶振りコントはたいていうまくいかないのだが、たまにたいへん面白くなったりスベリ芸として楽しめたりするので、この手の投票人気は根強い。コントが終わって〇〇と××が座り直したところで、会長が票の続きを読み上げる。「投票は△△」
  • ……
  • 全ての開票がおわり、記録係が票数を読み上げる。

つまるところ、落研の選挙とは、「選挙」の名前を冠した大・大喜利大会であった。

思い出せる例をいくつかあげると、このような投票があった:

  • カレーのレシピ
  • キャストを指定した即興コントの依頼
  • 前開票時の出来事の感想(「さっきのコントはあんまり面白くなかったです、ので投票は△△」)
  • 匿名をいいことに公表される部員のゴシップ(「この前□□と××がスーパーで仲良く晩ごはんの具材を買っているのを見ました!」)
  • 突然はじまる絵なぞなぞ(解くと候補者の名前になるようになっている)
  • 深夜三時に開票される「うんち」
  • 休憩の提案(「お腹すいてきた、そろそろ休憩にしませんか?」)
  • 票操作の提案(「誰がどう考えても会長に適しているのは◯◯です! はやくこんな茶番を終わらせるためにも、次の投票ではみんな◯◯と書きましょう。◯◯に清き一票を! ◯◯をよろしくお願いします! あ、投票は△△」)
  • 謎かけの出題(「「銅鑼」をお題に謎かけ 投票は解いたのが一番うまかった人」)
  • あからさまな票の水増し不正(投票用紙がさらに8分割され、小さい紙に全部同じ名前が書かれている)

ほか、ここに書くには憚られることも含め、あらゆることが書かれた。めんどくさかったり用事があったりで参加したくない/できない人は現地にいる部員に委任して代筆させた。白紙委任をもらった人は忙しそうにペンを走らせ、人の2倍ふざけた。

投票はひとつの役職を決めるのに少なくとも数十回、時には100回を超えて行われるので、事前に百枚単位で投票用紙が配られるし、空いた時間を使って熱心にカリカリやっている部員もいるし、負担がすごいので記録係の交代も必要なのであった。

ある種とても楽しく、ある種ひどい地獄でもあるこの空間は、過半数が同じ候補者に投票するまで終わることがない。この過半数というのがまたけっこうなクセモノである。そもそも選挙の性質上、みんなが本当にその役職になってほしいと思っている候補者の票田が割れているその上におふざけが乗っているわけで、たとえ半分以上の人が飽きてふざけるのをやめても、なかなか過半数に届くまでには票が固まらないのである。
都合8割くらいが飽きるか、奇跡的偶然によって決まるまで、この無為な投票がえんえんと繰り返された。

会長は開票読み上げ後即座にその票を傍らのゴミ袋に入れる(開票の透明性がない)ので、埒が明かないと思った会長が独断で書いているのとは別の内容を読み上げて、無理やり票操作して当選を決めてしまう、ということも歴史上にはしばしばあったと聞く。

その年に流行った有名人の名前が書かれることも多く、ある年の選挙では危うく書記がなぜか体操選手の「内村航平」に決まりかけたのを覚えている(同じおふざけをする人が過半数を超えないと当選にはならないので、おふざけのまま「決まってしまう」ことは滅多にない)。
滅多にないというのはたまにはあるということでもあり、そういえば当時の京都女子大の落研の前代表が会長に当選してしまって、なんやかんやちょっとした騒動になったこともあった。

元祖・韋駄天こたつ(ではない)

これは「森見登美彦ぽい」というよりそのまんま、『夜は短し歩けよ乙女』に登場した韋駄天こたつのおそらくオリジナルの話である。作中で描写された「韋駄天こたつ」は、大学祭中の学内を鍋やら何やらをやりながら移動するこたつ、というものであった。これにかなり近いものが実際の京都大学の大学祭に存在する(した)。

小説の影響か、百万遍の交差点上でこたつを囲んで逮捕されたマジの愚か者の集団がいてニュースにもなっていたようだが、元祖の人たちはこれとは全く違う。彼らには節度と信念があり、「森見登美彦が書く前から伝統的にずっとやっている」という高いプライド?をもって大学祭のこたつを運営していたのである。

ぼくがそのこたつに出会ったのは、大学祭で落語研究会の客寄せのために路上で「ストリート謎かけ」という催しをしていたときだった。「ストリート謎かけ」というのは5〜6人のチームで道ゆく人にお題をもらってその場でたちどころに解いてみせ(なかなか解答が出ないときは三味線をジャカジャカ鳴らして時間を稼ぐ)、感心してもらったところで屋内でやっている落研の寄席に誘導する……というちょっとばかし迂遠なアウトリーチ活動である。これはたしか「謎かけ男」に着想を得てはじめたのだった。

「お客さんからお題をもらう」とはいってもあたりは大学祭一色の空気なので、自然とお題も「NF(大学祭の名前)」「クレープ」「落語」「焼き鳥」「ゴリラ(大学総長の研究対象)」「豚汁」みたいな、だいたいが「大学」「お祭り」「落研」関係のものが多い傾向になる。

ある程度の時間内にひねり出せればちゃんと工夫を凝らして新しく解くのだが、一日のうちに大量にやる必要があること、聞いている人は次々と入れ替わることなどから、なかなか出なかったときなどは

「(大学祭関連のワード)とかけまして、「こたつにのってるミカン腐ってるよ〜」と解く!」
「そのこころは?」
「どちらも「だいがくさい」でしょう!」

といった、汎用性の高いいくつかのド定型のタネを使って捌く。

こうしてずっと同じようなネタを解いたりド定型を使っていると飽きがくるので、部員たちは交代交代にストリート謎かけが成立する最低限の人数を残して、いろんな出し物や屋台を見て回るのが常であった。このとき近くにあったのが、元祖韋駄天こたつこと、屋外こたつであった。

大学祭の屋外こたつは屋外に勝手に設置されたこたつとじゅうたんのセットである。例年は吉田南キャンパスに入って右手のところで行われていた。コタツの上にはたいてい鍋やツマミ、みかん、酒などが並べられているが、これらはコタツ設置者に持ち込まれたものではなく、こたつを訪問した有志が持ってきたものだ(鍋とコンロはこたつの設置者が持ってきてくれていて、訪問者がめいめいに具材を入れる)。

こたつ自体は大学OPのおじさんおばさん数人のグループで運営されているそうで、車で運び込んでいるとのことである。

要は、大学祭期間中、屋外にこたつを置いておくのであとは勝手にやってね、という気楽なもの——であればよかったのだが、残念ながら話はそう簡単はいかない。大学祭に毎年こたつを持ってきて置くだけの人がおとなしいはずもない。屋外こたつにはこたつを持ってきたおじさんが北側の位置に常駐して陣取っており、このおじさんが非常なクセモノなのである。

ぼくは肩にかけていた三味線を適当にその辺の後輩に渡してストリート謎かけをスルッとエスケープし、貝ひもなどを適当に買いこんでコタツの楽しげな集まりに参加してそこに集まった人とお喋りしていいたのだが、すぐにおじさんのクセの強さが見えてきたのだった。

屋外コタツには当然、電源がない。11月の寒空の下、じゅうたんの上にコタツが乗っている、ただそれだけである。正直ちょっと寒いのだが、こたつの暖かさについておじさんは次のような持論を展開する。

「足(が出す熱は)は1本50ワットやから! 6人入ったらこたつ(の消費電力:600ワット程度)とおんなじや!」

こたつは普通、電源を入れたうえでさらに足を入れるはずである(おじさん計算なら600+50×12=1200ワット)。置いてあるのが寒い屋外なのも大きな違いだ。あと6人は入りすぎである。いったい何をもって「おんなじ」なのかはサッパリわからなかったが、追い出されたくなかったのでぼくは混沌とした寄せ鍋(おいしい)をつつきながらフンフンと話を聞いていた。おじさんの持論はともかく、外で立ってるより暖かいのは確かだったので。

タツおじさんはクセは強いが話していてとても楽しい人物で、例によって大半は忘れてしまったが、ITに非常に明るく、iPhone販売だか修理関連の何か(忘れた)を仕事にしているのだそうである。「俺はiPhoneの全機種を持っているんだ」と誇らしげに大量のiPhoneを見せてくれたのをよく覚えている。

要注意なのが「これ『夜は短し……』に出てくる「韋駄天こたつ」ですか? いつ動くんですか?」と聞かれるのが甚だ心外のようで、「「韋駄天こたつ」ちゃうねん、うちは移動せえへんしこっちの方が歴史もあるのに! 森見のせいで……」と非常にご立腹だったのが印象的だった。一方で、森見読者の屋外コタツを発見した人は嬉々として「小説で見たやつだ!」と寄ってくるわけで、おかげで鍋をつついているうちに何度かコタツおじさんのお怒りを見る羽目になってしまった。

この趣深いコタツは、2015年か2016年を最後に姿を消してしまったようである。そういえば、ストリート謎かけをしていると大学祭の事務局に「屋外企画申請はしていますか?」と問われ、申請するよう求められるようになったのもこの頃である。企画の申請には学籍が必要だろうし、大学祭の時期にふらっときてコタツを出すOPの居場所はなくなってしまったのかもしれない。

深夜のプール

落語研究会の部室は二階にあって、そこから見下ろせる位置に大学の所有するプールがある。このプール、日中は水泳部が使っているのだが、夏休み、深夜まで部室に入り浸ってアホなことを言い合っていると、草木も眠る丑三つ時、プールの方からパシャパシャ、パシャパシャと水の跳ねる音が聞こえてくるのだ。

やだな〜、怖いな〜、と思うなかれ、これは別に怪奇現象でも何でもなく、夏の陽気にあてられた愚かな大学生が忍び込んで泳ぐのである。

深夜のプールへ侵入者があるのは毎年恒例(毎夏、2〜3回)で、その時とるべき対応も落研で伝統的に引き継がれている。

部員の誰かがパシャパシャ、という水音に気づくと、まずまわりの部員に静かにするように言い、部室の照明を落とす。寄席のとき使う客寄せ用のメガホンを取り出し、舞台照明に用いるスポットライトを延長ケーブルのコンセントに挿す。メガホンを構えた部員とスポットライトを肩に担いだ部員の用意ができたら準備完了で、そろそろと部室の入り口の鉄扉を開けて、プールの中に不埒な侵入者がいるのを確認する。

そういった侵入者たちは大抵の場合2〜3人ほどのグループで、泳がずにプールの真ん中らへんで立って談笑していることが多かった。

部室から静かに出てきた部員たちは、スポットライトをプールの人影に向けてカッと最大照射する。闇夜の中の人影があらわになり、驚きの声が上がる。ここでメガホンのスイッチを入れる。

「えー、こちら、鴨川東署、バカなことはやめてはやくプールから上がりなさーい! こちら、鴨川東署、はやく上がりなさーい!」

サーチライトのように水面を照らしながらメガホンで警告を呼びかけるのである。メガホンのサイレン機能(ウー!ウー!ウー!ウー!と鳴る)も場を盛り上げるSEとしてよく用いられた。

動転した彼らは慌ててプールから上がるのだが、夜中にプールに忍びこむアホが服を着ていることは少なく、だいたいは全裸である。全裸の侵入者たちがスポットライトに照らされて、こっちに曖昧な会釈なんかをしつつプールサイドの服を掴んで逃げていくのをゲラゲラ笑いながら見る、毎年恒例の落研の夏の風物詩であった。

大抵の場合はびっくりして侵入者たちはみんなそのまま逃げてしまうのだが、鴨川東署なんてものは存在しないし、こちらの悪戯だと気づかれることも多く、プールから上がった人が「ほんと驚いたわ〜」と言いながら落研の部室にやってくる、なんてこともたまにあった。

長らく伝統だったこの行事も、ぼくが所属しているうちに落研の部室が移転して、プールから遠く離れた吉田寮近くの建物の地下に幽閉されてしまったので自然消滅した。今でも夏の夜のあのプールに侵入者がいるかは知らない。

むすび

ほか、碁盤を酔歩する話、オルデ事件、七割増しの話、大津の女神中間搾取事件、長野四往復の話など、学部時代には主に落研まわりで本当に様々な体験をした。とてもインターネットには書けないこと、語っても面白みをなかなか伝えられないこと(これらは上で書いたことにも当てはまる部分があるように思う)も数多い。こうしてつらつらと書いてみたのが、すでに失われてしまったものばかりで、少し寂しくなった。もどかしく名残も惜しいが、ここで筆をおく。