町議会99回選挙バグ:ルールと裏ワザ

町議会99回選挙バグ

2018年に与那国島の町議会で行われた議長選挙では、議長を選ぶのになんと99回の選挙を要した。しかも与党議員は全員野党の候補に、野党の議員は全員与党の候補に票を入れたのだという。結果それぞれの党の候補(反対の党から投票されている)の得票数は同票となってくじ引きが行われ、くじで当選したほうが議長を辞退する、という流れが98回、約1ヶ月にわたって行われた。

なぜ99回も選挙を行う必要があったのか? なぜ対立陣営に票を入れるのか? 議長に自分の党の人員を推薦したくはないのか?

いったいなぜこんなことが起こったのか?

この奇妙な現象のカラクリを紐解いてみると、地方自治法における議員数と議決権がキーワードになってくることがわかる。 与那国島の町議会のメンバーは10人である。当時は与野党のそれぞれが5つずつちょうど半々の議席を持っていた。この5:5の中から議長を選ぶ必要があったわけである。 ここで、地方自治法第116条より、議長は、議員として議決に加わる権利を有しない。*1

というわけで、与野党ともに自陣から議長を出してしまうと4:5となって対立陣営が過半数となってしまうので、両陣営とも絶対に自陣から議長を出したくないという状況が発生し、対立候補に投票する」「議長に当選しても辞退する」行為が最適解となってしまったのだった。そしてこの戦略は最適であったがゆえに、外圧に耐えきれなくなった99回目までの98回の投票においてずっと維持されたのである。これが議長選挙99回バグの真相であった。

このような奇妙な行動が最適解にならないようにするためには、単純には議席数を奇数にするといった案が考えられる。が、これも一人何らかの理由で棄権するなどのイレギュラーがあればこの事例と同じことが起こりうるわけだし、根本的な解決ではない……のだが、まあこんな妙な話ははじめて聞いたくらいのもので、「議席数が偶数で少なく」「与野党が完全にバランスしていて」「切り崩し工作などの余地がない」…etcといったような特殊なケースが重なったからこそ発覚したレアなイベントだったというわけだ。

今回はシステムの欠陥や一見正常に見えるルールから導かれる、アホであったり奇妙であったりする戦略・裏ワザについて紹介し、考えてみたい。ルールの穴をつく話というのは得てしておもしろいのだ。

ちなみに、この選挙の顛末としては、99回目で与党側が音をあげて議長を出したそうである。

諫早湾水門開閉バグ

諫早湾干拓事業 - Wikipedia

諫早湾付近の水害や農業用水の確保のため1989年に着工、1997年に水門を閉じ竣工した諫早湾干拓事業は、「水門を閉じたままにしておくか、開くか」という争点でその後幾度となく裁判で争われることになった。水門を閉じたままにしておきたいのは水害を恐れる住民と干拓によって農業用水を得た農業関係者で、水門を開けてほしいのは、干拓事業によって湾付近の環境が変わったため漁業被害を被ったとされる漁業関係者である。詳細を割愛すれば、諫早湾の水門の開閉について次のような不具合が生じた。

  • 漁業関係者の裁判では、裁判所Aは「国は諫早湾の水門を開けるべき」との命令を下した。
  • 農業関係者の裁判では、裁判所Bは「国は諫早湾の水門を開けないべき」との命令を下した。

また、それぞれの判決について命令の履行を強制するため、それぞれ裁判所は履行されなかった際に制裁金を払うよう命じた(間接強制)。結果、開門しなければ国は漁業側に1日45万円(後に90万円)、開門すれば国は農業側に1日49万円の制裁金を支払う義務が生じた。というわけで、国は水門を開けても閉じても制裁金を払い続けることになったわけである。

これは判決の「ねじれ」として大きく話題となって報道された。

2つの命令は矛盾しているのだろうか?

違う。これは矛盾というわけではなく、小さなゲームが2つ行われていたことに起因する問題だ。この命令への抗告に対し、最高裁判所は次のような言明をした。

民事訴訟では当事者の主張により審理で判断が分かれることが制度上あり得る。

要は、異なる当事者の民事訴訟で出る命令が逆のものになることだってありえるよね、という見解で、結局最高裁の判決によって、国は相反する義務を負い、論理的に義務を遂行できないどちらかに制裁金を払い続けることとなった(閉じていたので開門派に支払っていた)。

以上が諫早湾水門開閉バグのあらましで、このバグの原因は、裁判という枠組みが「開門派-国」「閉門派-国」という小さなゲームをそれぞれのルールで行うために、2つの結論が相反することがあり得るからであった。

裁判が "全ての情報" を使うことは現実的にはできないため、このバグをどう解決できるのか、そもそもこれはバグであるのか、このトピックについてわたしは回答を持たない。

制裁金の支払いについては漁業の可能性の実態などの状況の変化から開門派への支払停止が命じられたり、その判決が棄却されたりと二転三転しているものの、現在なお、諫早湾の開門請求に関する裁判は係争中である。

禁酒法下で酒を飲む裏ワザ(いっぱい)

「ルールの穴を突く」という話で歴史的に有名なのはアメリカの禁酒法だろう。禁酒法ザル法として有名で、「酒の製造・流通・販売」は禁止されてた一方で「もともと持っていたのを飲む」のは合法だったり、「薬としてのアルコールの販売」は許可されていたなどガバガバで穴だらけであった(ルールの穴を突く以上に、こっそりと違法に飲まれることも多かった)。

実際ウイスキーの一種であるラフロイグには香りが強烈なことから、禁酒法を「これはお酒じゃなくて薬だから!」という理論武装(?)でくぐりぬけ、薬として販売されていたという逸話がある。

極めつけなのはGRAPE BRICK(ブドウのレンガ)と呼ばれる商品である。

https://www.collectorsweekly.com/stories/267495-prohibition-era-vino-sano-grape-brick f:id:xcloche:20200617201137j:plain

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GRAPE BRICK

この商品はブドウを乾燥させてレンガ状に固めたもので、箱上面に1ガロン(4リットルくらい)の水で戻すとぶどうジュースになりますよ、てなことが書いてある。注目したいのがぶどうジュースに戻すさいの手順に付記された赤字の注意書きである。

Then add one small teaspoon full of U.S.P. Benzoate of soda to prevent fermentation. You must also avoid the use of any kind of yeast, raisins, etc., otherwise fermentation sets in.

訳すとこんな感じ。

発酵を抑えるためにティースプーンいっぱいの米国薬局規格の安息香酸ナトリウムを加えてください。 イースト菌、レーズン等を加えるのは避けてください。さもないと、発酵が始まってしまいます。

これでもかというくらいに強調された「こういう手順を踏むと発酵してしまいます!」の注意喚起メッセージはもちろん、禁酒法の遵守を謳いつつも、実質的にはワインの醸造手段の手引きになっている。酒屋はこうして無害な「ブドウジュースのもと屋さん」に鞍替えして生き残りをはかったわけである。

GRAPE BRICKは大いに売れた。

ターンの間に無限のマナを出す裏ワザ

ゲームの裏ワザの話もしよう。

1998年、「フェイズ・ゼロ」と呼ばれるデッキがマジック・ザ・ギャザリングトレーディングカードゲーム)のプロツアー予選を席巻した。これがまたトンデモインチキデッキであった。

マジック・ザ・ギャザリングは「マナ」と呼ばれるリソースを使って魔物を呼んだり呪文を唱えたりして、その効果でなんやかんやして相手のライフ(20点ある)を削ったりライブラリ(だいたい60枚)を削ったりしたら勝ちのカードゲームである。 さて、そんなマジック・ザ・ギャザリングに次のようなカードがあった。

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根の壁

根の壁
根の壁の上に-0/-1カウンターを1個置く:(緑)を加える。この能力は、各ターンに1回のみ起動できる。

ちょっとデメリットを被るかわりに緑色のマナを1つだけ生み出すことができる能力を持ったカードである。能力には、

この能力は、各ターンに1回のみ起動できる。

という条件がついていて、一ターンに一回しか使えないようにすることで、同じターン内に何マナも生み出して序盤から強力なアクションを取るようなことはできないようになっていた(大きなマナであるほど強力な効果のカードが多いので、抑えられている)。

ところで、当時はある他のカードの効果を処理するため、ルール上自ターンと相手ターンの間に「ターンの間」と呼ばれるタイミングがあった。そこで、このようなことを考える人が現れた。

「ターンの間」はターンじゃないから「各ターンに一回のみ」の効果でも何回でも使っていいんじゃね?

いや、そうはならんやろ、と思うが、これはルール上問題がなかったので(!)、ターンの間に無限回能力を起動して無限のマナを確保し、無限点の火力を撃って勝つ「フェイズ・ゼロ」というデッキが爆誕してしまい(自ターンでも相手ターンでもないという意味で「ゼロ」らしい)、勝ちまくったとのことである。トーナメントシーンでも使われたようだが、さすがに通るかこんなもんと思った販売元のWotC社によってルール改定が発表され、すぐに「ターンの間」はなくなってしまいましたとさ。

ポケモン金銀増殖の裏ワザ

ポケモン金銀の増殖裏ワザといえば、ポケモンを手持ちからパソコンに預けた上で「ボックスをかえる」を選び、「ポケモンレポートに かきこんでいます でんげんをきらないでください」の「でんげんをきらないでください」の途中で指示に背いて電源を切っちゃう(!)と、預けたはずのポケモンが手持ちとパソコンの両方にいる! 増えた! という裏ワザである。

ボックス保存ラグ

この裏ワザには「ボックス内の状態」と「手持ちの状態」をセーブするタイミングにラグがあるのが背景にあって、「パソコンにポケモンAがいる」という情報をセーブした後、「手持ちの状態(手持ちにポケモンAがいない)」をセーブする前に電源を切ることで、再起動後に「パソコンにポケモンAがいる」かつ「手持ちにポケモンAがいる」状態になってしまう、ということのようだ。

上のサイトでは、このセーブの分割自体は処理を分けることで途中で電源が切れてしまうリスクをケアするためではないか、という指摘がされている。

個人的にはこういった「一見正常なルール/システムによって不可思議な行動が最適/有用になってしまう」という話は好きで、そういうバグ技の話を聞くたびに嬉しくなってしまう。「小説家になろう」にウスバーという作家がいるのだが、どの作品でも一貫してずっとルールの穴を突いてカタルシスを得る構図をとっているので、こうした「仕様の穴をついたゲームのおもしろ裏ワザ」系の話が好きな人にはおすすめである。

イスラム金融とヒヤル

このような「ルールの穴とそれに適応した戦略」の話は数多いが、大抵の場合、ルール側が変更されることでその戦略が使えなくなってしまう、ということが多い。ポケモン増殖バグはクリスタルバージョンでタイミングがシビアになった(一応使えはしたらしい)。では、ルールが変更できない場合はどうなるのか?

イスラム社会の法はその根本をイスラム法シャリーア)に則っており、コーランムハンマドの言行録(スンナ)などで禁止されていることを行ってはならない。しかし、金融などの領域では特に、このイスラム法を正直に守っているだけではつらい局面がある。当然、シャリーアの方を変えるというのは問題外である。

そういった場合に、シャリーアで合法な行為を組み合わせることで一見シャリーアで禁止されている行為をする抜け道が使われることがあり、そうしたロジックは「ヒヤル」と呼ばれる。

シャリーアが制限するもので特に大きいのはリバー(利子)の禁止だろう。この存在によってイスラムの銀行は借金に利息をつけることができず、ローンといった利息の介在する契約を行うこともできない。これを回避するのがムラーバハと呼ばれる裏ワザ(ヒヤル)である。

ムラーバハでは物品を媒介させることによって実質的に利息を実現する。金融機関は「商品供給者」から商品を買い、それを商品購入者が金融機関から買う——ただし、金融機関が仕入れた価格よりも高く、割賦払いで——のである。自分の利益を上乗せして「商売」することはイスラム法でも合法なので、銀行はこのシステムによって「利息相当分」の利益を得ることができる。商品が車や家であればこれは実質的に金利のあるローン契約になるし、仮に商品がダミーであれば、これは金利のあるキャッシングに他ならない。

このように、金融のヒヤルではよく「貸す−借りる」の構図を「買う−売る」に転換することでシャリーアに適合させる手法が使われていて、グローバルな金融社会でも立ち位置を保てるようになっているようだ。ただし、単純に完全にヒヤルによる「翻訳」ができるかというとそうではなくて、契約の特性上内部留保を多めにとる必要があるであるとか、そういったある程度制限されている特徴もあるそうだ。また、イスラムの金融機関には必ず数人のイスラム法学者によるウルマーと呼ばれる諮問委員会があって、取引がイスラム法のルールに則っていることを絶えず監査されているそうである。

ルールと裏ワザ

精密なようなルールを作っても穴があることもあれば、実はルールがガバガバでお金を吸い出されてしまうこともあり、また、ルールをうまく組み立てることで迂回的にルールで禁止されたのと同等の目標を達成することもある。特にこれといった結論があるわけではないが、こういったバグ、裏ワザ、グリッチなどが一見正常なルールから出てきたり、特定の目標を満たすために縛られたルールから作り出される話というのは知的におもしろくて好奇心を刺激されるものだ。

ルールを作る側になったときは「そのルールにはどんなセキュリティホールがありえて、それに対処するにはどうすればいいか」、またルールが適用される側では「そのルールをいかにうまく活用できるか、またそのルールが他のプレイヤーに活用(悪用)されたとき、どう自衛するか」を考えるのは有益だろう。

システムの不具合から来たバグやルールの穴をつくのが好きなおたくたち! バグ・裏ワザ募集だよ!

*1:議長の議決権は限定されたもので、可否が同数の場合にのみ、どちらにするかを選ぶ権利をもつ。