同人音声がすごいことになっている2022

「同人音声」や「音声作品」と呼ばれるメディアがある。 特殊な録音技術を使ってさも耳元で本当に囁いているかのように聞こえるのが特徴で、耳かきや散髪音などリラックスできる全年齢向け作品のほか、耳舐めをはじめとしたポルノ作品も多い。最近ではゲームやアニメといった別ジャンルから大きなIPの参入や、有名声優の起用など、話題にことかかないホットな分野である。

中にはかなり変わった作品もあり、すごいことになっているのでその一端を紹介する。

今回紹介する入門編は2つ、三途の川の渡し守に毒針で耳かきされる音声(?)と、耳なし芳一が怨霊に耳責めされてしまう音声(???)である。

1. 三途の川の渡し守に毒針で耳かきされる音声

www.dlsite.com

みなさんは「毒針耳かき」をご存知だろうか? 毒針耳かきとは、文字通り毒針で耳かきをすることである。サークル・チームランドセルを中心に複数の作品があり、さまざまな毒針が耳かきとして用いられている。

本作を聴き始めると、どうやら聞き手の〈私〉(女性)は記憶を失っていて、霧深い川に浮かぶ船の上にいることがわかる。背景には少し不気味でアンビエントな音楽と川の水音。船には優しい語り口の渡し守が乗っていて、この空間のこと、ここで〈私〉が何をすべきかを教えてくれる。そう、〈私〉がいるのは彼岸と此岸をわける川で、語り手は冥府の川の渡し守である。案内をうけているうちに、渡し守は地獄バチの毒針を取り出し、〈私〉に耳かきをはじめる。

猛毒の針を耳に入れてまさぐるのは、ひとつ間違えると死に直結する行為である。この過激な設定がどのような演出効果を生んでいるか考えてみよう。

ひとつは、究極の信頼関係である。
彼岸と此岸の境界で、生殺与奪すら含む身体のすべてのコントロールを捧げるのは、これ以上ない信頼・奉仕の表現だ。「毒針耳かきをしてもらう」事実こそが、〈私〉と囁き手の力関係・信頼関係を強力に規定する。この機能は、渡し守による「私に命を握られて、怯えたフリしてその実、喜んでいる」のセリフに象徴されている。

もうひとつが、究極的な安らぎとしての死である。
作中に、作品タイトルも意識される「もし万が一突き刺さったとしても、きっとそれは——ぐっすり眠れるから、安心して」というセリフがある。 アンビエントな音楽が流れる冥府の川のロケーションでは、むしろ死は忌むべきものとしてイメージされない。というより、優しい渡し守が案内してくれているので、「ぐっすり眠っても(死んでも)そのあと優しく導いてくれるだろうし、それもいいかな……」という、静かなタナトスの誘惑まで生じるのだ。

この作品が真に面白いのは、渡し守が彼岸と此岸の渡し守という「生と死の境界」の存在であることだ。渡し守は私に究極の安らぎ(死)を与えたい欲求と、まだ生者である私のぬくもり(生)を大切にしたいというアンビバレントな心を持っていて、毒針を手に、耳の中で〈私〉の生と死の境界をゆれ動き続けるのである。

2. 耳なし芳一が怨霊に耳責めされてしまう音声

www.dlsite.com(R18注意)

盲目の琵琶法師・芳一が平家物語を聞かせていた相手は実は平家の怨霊で、邪悪な怨霊に取り殺されるのではないかと危惧した和尚が怨霊から芳一を守るために身体中に経文を書くのだが、耳にだけ書き忘れてしまい、迎えにきた怨霊が耳を見つけて引きちぎってしまう——本作は、誰もが知る怪談「耳なし芳一」をエロ・パロディしたアホなホラー(?)作品である。

サークル「わちのぶた」は他にも姦姦蛇螺やくねくね、八尺様といった和の都市伝説や妖怪に責められる作品を発表している。

本作では、和尚が耳に経文を書き忘れたために芳一は怨霊に耳責めをされてしまい(?)、思わず勃起してしまうのだが、流石の和尚も芳一の皮に隠れた芯までには写経していない(それはそうだ)。「はて、耳をねぶったら魔羅が生えてきおったが?」と怨霊に耳だけでなく魔羅まで発見されてしまい、かくして芳一は、さんざんねぶられたあげくに耳と魔羅とを引きちぎって持ち帰られてしまう。

アホな設定なのに元ネタよりオチがスプラッタである(耳と魔羅はその後お館様に可愛がられるとのこと。ハッピーエンドだ)。

が、考えてみると、我々は音声作品を聞くとき、現実世界からの入力をシャットアウトし(ヘッドホンをつけ)、かわりにそこに別の感覚入力(音声作品)を流しこむ。この構図において我々は奇しくも芳一と同じように、耳だけを音声作品のフィクションの世界に曝してしまっている、と捉えることができる。音声作品という魔物には我々の耳しか見えていないが、かれらは耳を通して聞き手の魔羅を露出させ、さらには次なる魔物へと我々を導くのである。

さて、別世界の音が聞きたくてわざと耳に経文を書き忘れた私たちは、魔物に耳と魔羅とを持っていかれてしまってはいないだろうか?

耳舐め芳一は、音声作品というメディアについてのホラーでもあるのだ。

奇想同人音声評論誌 空耳

ほか、

  • パブロフの犬のように音でユーザーを条件づけする作品
  • ほぼ無音が6時間続く作品
  • 聴く位置をザッピングする作品
  • 左耳バイノーラル・右耳ふつうで囁かれる作品
  • 理解不能な宇宙語で囁かれたあとそれの翻訳版が流れる作品
  • 伊藤計劃『ハーモニー』の前日譚になっている作品など、構成やストーリー性に優れた作品も

……てな感じの奇想作品紹介レビューが88本と、気鋭の執筆陣による論考がいっぱい載った約300ページの同人誌『奇想同人音声評論誌 空耳』を、コミックマーケット100で頒布しました!

8/13 (土) | 東 プ- 42b

内容はこんな感じです。


表紙イラストはなるめ(@narumeNKR)さんです。

レビュー以外にも「胎内の音を流す」配信をやっているVtuberについての論考、DLsiteという市場の特性やそれをハックしている作品の分析、「耳舐め音声を公募してよかったものを自分の耳舐め音として認定する」前代未聞の大会を開催したVtuberによるレポ漫画など、おもしろトピックが目白押しです。音楽シーンにおける利用や町おこしへの活用、プラットフォームの問題、メインストリームでの動きなどについてたっぷり語った座談会もあります。

ぼくもメディアのリアリティと身体性から考えるコンテンツの未来について書きました。

キミも『空耳』を読んで同人音声の現在を目撃しよう!

booth.pm (通販はこちら)