キレキレダンスとアニメーション

先日、アイドルマスターシンデレラガールズ・スターライトステージ(デレステ)が「涼宮ハルヒの憂鬱」とコラボし、いくつかの楽曲がゲーム内で実装され、音楽ゲームとしてプレイできるようになった。

中でもアニメのエンディングテーマ「ハレ晴レユカイ」のダンスは評判で、「すごい再現度だ」とする比較動画は何度もTwitterのタイムラインに流れてきた。


確かにアニメをよく再現した、いいモーションである(ぼくは「ワープでループなこの想いは」のところのナナさんの動きが好き)。が、いざ並べてアニメのキレキレのダンスと比較すると、デレステのダンスMVはもっさりして見えるというか、どこか動きに精彩を欠くように感じられないだろうか?

過去記事では、2Dアニメーションと3DCGの差異について、顔のパーツを前に持ってくる技法や画角、カメラワークなど、主に2Dアニメの奥行き方向に関するトピックについて書いた。

xcloche.hateblo.jp

今回はアニメーションのモーションに着目して、モーションキャプチャでとってきた動きと典型的な2dアニメーションの動きの差異から、このデレステダンスの違和感について考えていきたい。

リミテッド・アニメーション

一番大きな違いは、一般的なアニメは24fpsで作られ(秒間24枚の絵を表示する)、この24枚の中でも2コマや3コマ同じコマが使われる(2コマ打ち、3コマ打ちいわれる、実質12fps/8fpsのリミテッド・アニメーション)に対して、デレステはフルの60fpsで3Dモデルが動いていることだ。ヌルヌルである。

3DCGでセルルックアニメーションを製作する際も、ヌルヌルさせず多少間引いたほうが「アニメとして自然に見える」という話題は、前回の記事でも挙げたのであった。

ただし、モーションキャプチャで取り込んだモーションを24fpsで再生するだけで「アニメのキレキレのモーション」になるかというと、(けっこうこれだけでそれっぽくなるのだが)話はそう単純ではない。

アニメの世界は、我々とは異なる物理法則のもとで動いているのである。

アニメーションのタメとツメ

リミテッドアニメーション(コマ数の少ないアニメ)は現実世界以上に、緩急を強調する傾向があるとされる。これらは「タメ」と「ツメ」となどいわれ、予備動作を長くして強調する(タメ)一方で、素早い動きは少ないフレームでサッと描く(ツメ)。

「緩急を強める」というのは、換言すれば、速いものはより速く(枚数少なく)、遅いものはより遅く(枚数多く)する、ということだ。

解説ページなどをいろいろ見るに、CGアニメーションのモーション製作の現場では緩急の強調は当然のように意識されている*1ようだが、ダンスモーションをモーションキャプチャからおこすとき、つまりリアルの動きをバーチャルに取り込む際、事後的にタメ・ツメを(強力に)補正することはあまりないように思う。(後述するが、もちろんタメ・ツメをしすぎないのにも相応の理由がある)

ここではあえて、モーションキャプチャや現実の動画撮影でとってきたリアルのモーションを無理やりにタメ・ツメ強調の2Dアニメ的モーション表現にしてしまうにはどうすればいいか考えてみたい。

タメとツメを補正する

参考:すごいもので、そういう研究をしている人がいる。 http://www.cgg.cs.tsukuba.ac.jp/projects/2013/motion_frame_omission/data/gcad.pdf

ダンスの動画をタメとツメで緩急をつけてキレキレにするアルゴリズムを考えてみよう。実装されたコードがパッと見つからなかったので、夏休みの自由研究とでも思って先行研究を参考にオレオレ実装をしてみる。どうデザインすればいいだろうか?

まずは動画のデータを読み込み、(前のフレームとの画素の差分などから)フレームごとに物体の速度を何らかの形の時系列で表現してみる(スピード関数を作る)ことからはじめよう。スピード関数をどう定義するかは考えどころだが、カットの切り替わりやカメラのズームイン/ズームアウトしてもあまり値が変わらない、標準的な物体の動きの挙動にロバストな指標にするのがよさそうである*2

先に述べた通り、タメ・ツメのいちばん簡単な特徴は、速いものをもっと速く、遅いものをもっと遅くすることである。これは、元のフレーム(60fpsの青い等間隔の点)から、24fpsの表現で使うフレームをサンプリングする(赤い点)際、スピード関数が大きいところはよく間引き、スピード関数が小さいところからはいっぱいサンプリングする、ということに対応する。

Image
青い点(60fpsの等間隔)からオレンジのスピード関数にしたがって、赤い点をサンプリングする

こうして不均等にサンプリングした集めた赤い点を等間隔に並べて再生すると、遅い動きの部分はゆっくりと予備動作を描写する一方で、速い動きの中間の表現は少ない時間(=少ない枚数)で表現される、というリミテッドアニメーション的なフレームのサンプリングが行えるワケである*3

補正との比較

AISTのダンスデータセットから適当に取ってきたダンス動画をタメツメ補正してみた。
aistdancedb.ongaaccel.jp

上が均等割24fps、下がタメツメ補正の動画である。
パッと見でもダンスがキレキレになっているのがわかる(23秒付近の首を左右に振るシーンなどがわかりやすい)。

デレステのほうはこんな感じである。

(正直24fpsにしただけでかなりヌルヌルの違和感がかなり減って上下の違いがあまりわからないのだが)手を上下に振るシーンや、雪美ちゃんのソロパート、30秒時点での三人の左右移動などがより躍動的になっているのがわかる。コマ送りでみると、手を振る中間の枚数が減らされているのを確認できる。

身体性の呪縛

もちろんここには動きのリアリティとのトレードオフがあって、緩急を強調すればするほど動きは(アニメ的には自然でも、リアルから見ると)不自然になってしまう。アイドルの3Dモデルを動かすゲームであれば、ヌルヌル描画の方が生っぽくて喜ばれる、という状況も大いにあるだろう。

が、アニメのもつケレン味ってこういうところ(緩急の強化など)から出でくるものでもあるし、モーションキャプチャで取ってきたデータをゴリゴリにタメツメ処理してみるのも面白そうだな〜、と、いろいろ遊んでみて思った次第である。

始めからアニメ/CG上でデザインされたモーションと比べると、モーショントラッキングで取ってきた動きには、人体の身体性による呪縛があるといえる。人間には難しいけれどもCGのモデルであればいとも簡単にできる、メチャクチャかっこいい、彼ら・彼女らのエクストリームなモーションが、気づかないうちに排除されている可能性があるのだ。

遊べそう

現状、目まぐるしくカットが変わったりフレームイン/アウトがあってスピード関数がうまい表現になっていないなあとか、そもそも姿勢推定をした方がいいカモとか、フレームの中間表現を生成したほうがいいカモとか、大事なフレーム検出の技術があるらしいぞ*4とか、いろんな興味があるので、気が向いたらこのあたりはまた触ってみたい。

*1:SHIROBAKOでもこれを扱ったシーンがあった(戦闘機の中で動物をキャッチするシーン?)記憶がある

*2:今回の例ではめんどくさいので特徴点の移動距離平均のような量を使っている。ここはかなり工夫の余地がありそう

*3:どの程度スピードによるサンプリングの傾斜をつけるか(グラフではスピードが最大値のとき、スピードが最小値のときの1/3しかサンプリングしない)はタメ・ツメ度合いを表すパラメータになっている

*4:https://ieeexplore.ieee.org/document/6909825

(小市民のための)何もしない節約術

昔、格安SIMを使ってる人は高所得者のほうが多い!という記事を読んでびっくりしたのを覚えている。
www.mdn.co.jp

今でこそ業界全体的に安くなったり三大キャリアが格安SIMの価格帯に参入したりと、格安とそうでない回線の差は近づきつつある(それでも大きい)が、調査結果が出た2017年ごろといえば、その価格には雲泥の差があった。

「安い価格で携帯回線をもてる」サービスが、情報リテラシー格差や端末の初期投資の必要性などを原因に、結果的に経済格差を広げているのは皮肉な話である。

めんどくさい税

ぼくは極度のめんどくさがりなので、節約のために自分の行動を変えるのはイヤだし、節約のために手間をかけるのも苦手である。

一回設定するとその後いっさい変更しなくていいくらいの手法(年に一回くらいはメンテしてもいいかも)くらいでないと実践する気になれない。ので、細やかな日常のライフハックではなく、上であげた格安SIMのように、固定費を下げるわざをいくつか実践している。

携帯回線などは最たる例だが、惰性で昔のものをそのまま使い続けること、制度について無知であり続けることは、継続的に少しずつ、累積としては相当の額の資産を目減りさせる。ぼくはこれをめんどくさい税と呼んでいる。現代においてめんどくささはキッチリ確実に搾取されているし、逆進性もあるように思う。

ここでは特にインフラと税金について、一度やったらあとは何もしなくていい、スイッチングコストをかけるだけでできる節約術を紹介する。

インフラ

格安SIM(格安プラン)は使っているか?

目安:20000〜30000円/年

まずはじめに見直すべきはこれである。携帯回線といえばドコモ、ソフトバンクauの三大回線しかなくて、携帯電話の本体は携帯ショップで買うものである――十数年前の惰性にそのまま身をまかせ続けていないか?

各社の携帯回線のプランを調べてみて思うのが、その複雑性である。いわく、はじめの6ヶ月間だけ割引がある。いわく、光回線といっしょに契約すると割引がある。機種代金が割賦払いになっていて毎月それと同額のキャッシュバックをしている。家族割引がある。学割がある。サブスクのサービスがついている。前の月使わなかったギガを引き継げる。LINEはいくら使ってもカウントフリー。

お得感を煽るこれらはすべてまやかしであり、どんなに積み上げたところで格安SIMどころか、三大キャリア自身が提供している格安プランのほうが安い。

人が格安SIM、格安プランに変えない理由はだいたい次のようなものである:

SIMロックがあるから
回線業者で携帯を買ったとき、その回線でしか端末を使えなくしている仕組み(SIMロック)は、最近は撤廃されている。昔のものもショップで3000円くらいで解除できる。

電話番号が変わるから
変わりません。MNP(携帯電話番号ポータビリティ)という仕組みがあって引き継げる。

回線の契約期間内で、解約金(や端末の残債)がかかるから
大手の通信回線は2年契約などの縛りを設けていて、2年区切りの月のタイミング以外で解約しようとすると解約金が発生する。数年前までは10000円かかっていたが、2019年以降は1000円になっているため、更新月以外で解約しても一月で回収できる。端末の残債も、払ってでも抜けた方が安くなることが多い。

親が払ってるから
学生に多いケース。支払いが自分ではないので気にしていないパターン。気にしよう。
上に述べたように、三大キャリアの回線を家族割で使ってる、学割で使ってるという場合も、割引かれたところでそっちのほうが高い。

三大キャリアは通信品質がいいから
そんなすごい通信してるんですか?
まれに業者によって通信品質に問題があることもあるが、ぼくはMVNOで回線品質に不満をもったことはない(UQ Mobileを使っている)。いずれにせよそんなに気になるならキャリアが同じ格安プラン(ahamo、LINEMO、povo)には切り替えるとよい。

キャリアメールが使えなくなるから
このケースも多いっぽい(三大キャリアの格安プランでもキャリアメールは使えない)。 お前はこれから一生、毎月数千円のコストを支払ってキャリアメールのアドレスを維持し続けるんか?

ATMで手数料を払っていないか?

目安:3000円/年

学生のころ、夜や休日に時間外やコンビニのATMでおろして100円だの200円だのの手数料を取られて「損したな〜」と思ったことが何度もあった。超低金利の現代では、ATM手数料をいちいち払っていては銀行に預けているだけでお金が減っていく。

メガバンクや銀行の中には、預金口座のオプションに「スーパー普通預金(三菱UFG)」「SMBCポイントバック(三井住友)」「みずほマイレージクラブ(みずほ)」などの優待サービスがあり、ある程度の条件を満たすとATMの時間外手数料やコンビニATMの手数料が無料になる*1

これらの優待は前の月の金融サービス利用状況を踏まえて次の月に適用されるかが決定される。

メガバンクの三行を比較すると、優待を得るのに必要な条件として軽いのは

  • 給与口座にしている(「給与」や「年金」の名目での一定額以上の振り込みがある)

だろう。また、定期的な収入がない場合でも

  • 三菱UFG:インターネット通帳を利用している
  • 三井住友:SMBCのクレジットカードの引き落としがある or 若者(24歳未満)
  • みずほ:みずほのクレジットカードの引き落としがある or 預金残高30万以上 or 学割(25歳未満、学生)

などの条件でこれらの優待を利用できる。一番簡単なのは三菱UFJ銀行をインターネット通帳で使うことで、口座を開設するときスマホアプリで登録するだけで誰でも条件を満たすことができる。

地方銀行も調べてみるとこの手のサービスを展開していることがあるが、申し込んではじめて適用されるものも多い。使っている銀行にこの手の優待サービスがあるか、あるならそれを利用できるか確認して、場合によってはメインバンクを鞍替えすることも検討してみてはどうか。

一年につく利息より高いATM使用料を毎月のように支払ったり、時間外利用にならないようスケジュールに気を遣ってATMに行くのはアホらしいので、やめよう。思考に使うリソースが減るという点でも、強くオススメする。

税金

生命保険料控除枠は使っているか?

目安:7000円〜10000円/年(所得税率による)

所得税・住民税の控除に「生命保険料控除」というものがある。生命保険料控除は「生命保険料控除」「介護医療保険料控除」「個人年金保険料控除」の三つにわかれていて、それぞれの区分の保険に加入して保険金を支払っていると、そのぶん税金がちょっと引かれる、国が国民に保険に入るよう推奨する目的で作られた制度である。

お金の面だけでいえば、一見「いや、保険に金払ってるんだったら税金がちょっと安くなってもトータルで損してるじゃん」と思ってしまう。が、積立型の保険(ある期間を過ぎると支払ったお金が帰ってくる)はそうはならない。保険会社に将来帰ってくる資産として保険料を積立てつつ、控除の恩恵に与れるというワケである。

控除額は三つとも最高で(年間保険料80000円以上で)所得税40000円、住民税28000円である。所得税率によるが、保険に入るだけでそれぞれ年間7000円〜10000円の税が軽減される計算になる。

以下に示す理由で、三つのうち生命保険料控除だけが何も考えずに気軽に使える。

介護医療保険料控除
医療保険は積立てるものではないので、入っていれば控除の申請をすればよいが、このために入る、という話にはならない。

個人年金保険料控除
個人年金保険については年金の定義上、60歳まで積立した資産がロックされるうえ、節税効果は個人型確定拠出年金iDeCo)の方が高い。iDeCoの枠を最大限利用して、それでも(老後になってから使いたい、ロックされてもいい)資金が余っているなら検討すれとよい。

生命保険料控除
今回の本題。一般的な生命保険のほか、学資保険なども対象となる。
いま控除枠を使っていなくて特に生命保険に入る予定がないなら、これを埋めるために作られたとしか思えない、唯一無二の「じぶんの積立(明治安田生命)」という保険商品があるので、利用を強くおすすめする。

特徴はこんな感じ:

  • 一口5000円/月。
  • 保険期間は10年で、5年の払込み期間の後、さらに5年待つと満期になる(103%で帰ってくる)。
  • 払込期間中は、いつ解約しても返戻率が100%である

(控除枠までしか使えないが)節税効果だけでみても、ほとんどリスクなく年利7%ほどをあげる超優良投資効率の金融商品である。

契約を途中解除しても払い込んだ保険金がつねに100%返ってくるうえ、生命保険料控除の恩恵に与れる、つよつよ定期預金みたいなこの保険、なぜ存在するかというと、いわゆる(?)ドアノック商品(これをエサに他の保険への加入を勧める、保険勧誘の入り口の役割の商品)であるらしい。

この保険はWebで申し込みを完結させることはできず、保険会社の人と対面で契約する必要があって、他の保険を強く勧められるのかな……と身構えてアポを取って保険ショップに行ったのだが、特にそんなこともなく、一時間ほどですんなりとこれだけ契約することができた。

保険料控除の手続きとしては年末調整の際に関係書類を提出するだけでいいとのことである。

ふるさと納税しているか?

やり得。

おまけ(投資)

「普通の人が資産運用で99点をとる方法とその考え方」って有名な記事があって、
hayatoito.github.io

結論としては「リスク資産として考えてよさそうな余剰資金をとりあえずインデックス(ある方法で株の価格を平均したもの)に投げておけ」という話をしている。(投資自体に楽しみを見出したりギャンブルをやりたいのでなければ)まことにその通りだと思う。
株の銘柄買いをするな、そこらの投資家よりもインデックスのほうが賢いのに素人が勝てるワケがない、素人が投資に思考のリソースさくほどアホなことない、インデックス積立で買うなら年間30分考えるだけで済む、といった感じである。
けっこう面白いので一読をおすすめする。

金と効用の話

ぼくは刹那的に生きており、60歳までロックされる金(確定拠出年金個人年金)を貯めるよりは、若いうちに使ったほうが同じ金額で得られる効用/満足度もずっと高いと思っている。入り用になったとき使える状態にしておきたいのもあって、企業型確定拠出年金を少し積み立てているほかはiDeCo個人年金もやらず、余剰資金は積立NISAに回している*2

金は若いうちに使ったほうがええ。

*1:コンビニなど提携先のATMは月に一回や二回の回数制限あり。ちょうど最近(2021年の7月ごろ)から各銀行でこれらのプランに見直しが行われ、少しだけ条件が厳しくなっている。

*2:めんどくさがりの人間が積立NISAを登録し、使えるまでには本当に長い長い物語があった

SNSマーケティング戦略2021おぼえがき

SNSを利用した広告の戦略ってスゴくて、ここまでやるのか〜 といつも唸らされている。
ここ最近で特に感心したバズマーケティングの事例をいくつか紹介したい。

事例①:グラブルの誤字広告

summercampaign2021.granbluefantasy.jp

2021年8月1日から行われている、Cygamesによるグランブルーファンタジーの「1000万もえらるグラブルキャンペーン」は、ゲーム内の無料ガチャ(2週間のキャンペーン期間中、毎日引ける)を引くと、ゲーム内アイテムのほか、毎日3名に現金100万円が、10名に現金10万円が、期間全体で2名に1000万円が当たる、というキャンペーンである。

異常にカラフルな動画にキャッチーな音楽で「いーっせんまん も〜らえる グラブル♪」が繰り返されるこのCM、注意深く見ないと見落としてしまいがち*1だが、このデカデカと書かれた広告には「もらえる」が「もえらる」になっている誤字がある。

この堂々たる誤字については、SNS上で「ちょっと! Cygamesさん! でっかい誤植してますよ!」系の書き込みが多くなされた。

togetter.com

上記のTogetterまとめにも、いや、この「もえらる」はわざとなんじゃないか?という指摘がある。わざとでないわけがないだろう。これは誤字マーケティング(ぼく命名)である。

ナンプレのアプリ広告

ある日、ナンプレアプリのTwitter広告が流れてきた。


130回やってもクリアできません。と書かれたこのナンプレ問題、じっさい絶対にクリアできなくて、数字が決定できないとかではなく真ん中の行に2が2つ入っているので、どだい無理で問題として成立していない。

この広告は現在122RT、202引用RTというかなり変わった割合で拡散されている。引用RTの内容はだいたいご想像の通り、このナンプレに取り掛かろうとして問題が不成立なことに気づいた人たちの、「絶対できないはず」とか「不成立な問題出すあたり出題者側のIQが足りてない」といった、出題への不満である。

しめたものである。

問題に不備があるおかげでこの広告は多くの人々に拡散されて広まっていく。「クリアできない」と書いてて実際クリアできないのだからどこにもウソは書いていない。この広告はまわりまわって不満の言及が目に入らなくて「あっ、数独のアプリがあるんだ〜、インストールしてみよう」となる人のもとに届き、その人たちの中から課金が行われる……という流れになるのだろう。

零細アプリがどんな形であれまずバズで知名度を得る手段として、この広告は相当にクレバーなもののように思う。

誤字マーケティング

この不備/誤字マーケティングの特徴は、本来の広告ターゲットではない人が拡散してくれることだろう。「1000万もらえるグラブル」なら見向きもしない人々が、「もらえる」が「もえらる」になっていることを "発見" したとき、この誤字の "発見" をSNSで共有してくれるのである(その人がグラブルで毎日ガチャを引いて1000万当てる気がまったくなかったとしても)。このブーストの効果によって、もともとの広告だけでは届かなかったはずの広告ターゲットの目まで、「もえらる」が到達する。

summercampaign2021.granbluefantasy.jp
キャンペーン公式サイトも「ツッコミどころ」満載で、誤字に加えて「なんぼでもツッコミで拡散してくれ〜」という姿勢を感じる

事例②:キンチョールの新聞広告


俺たちのキンチョールがまたやってくれた! うおおおおおおお! Web広告って最悪だよな! リンク先のサイト*2もシャレがきいてていいな!

パーソナライズされたWeb広告に日々触れて、インターネット活動を誰かに監視されているような気持ちになる人は多い。最近は業界でパーソナライズ規制の動きも出ている。新聞広告はそのへん気楽でいいよね、Web広告って疲れるよね、というメッセージが込められたすばらしい新聞広告である。

でもちょっと待ってほしい。この広告のターゲット、どこの、誰向けのものだろう? 新聞広告だから新聞の購読者向け?

本当に?

この広告のメインターゲットは新聞の購読者ではなく、SNSをやっている層ではなか?

すでにブランドがしっかり有名でどこでも売っているキンチョールの広告戦略は知名度を上げることではなく、いかに他社製品に対して差別化を行うか、自社ブランドのイメージアップを図るかにあるように思う。

Web広告への所信表明などは殺虫剤の効能とは全く関係ないのだが、「あの会社は日ごろから不満を抱いているWeb広告に一言物申してたな……」という情報は、商品を選ぶときわずかながらキンチョール側に背中を押してくれるだろう。

この広告は大変にバズり、上記ツイートの1.3万RTほかに加え、各種のインターネットメディアでこの広告について記事が組まれた。よく見ると広告にはバズらせるため多くの仕掛けが施されている(キャッチーなフレーズ、自己言及的なユーモア、Web広告への問題提起、URLがInternet/daisuki、珍妙なリンク先ページ)し、推定されるインプレッションは新聞の購読者数を軽く凌駕するだろう。はたしてこれは本当に「新聞広告」だろうか?

SNS外からのバズマーケティング

似た例として、2020年の化粧品メーカーの駅広告があった。


これらを "発見" して拡散する人がどういう意識なのかとは別に(ところで、どういうわけかこの手のものを "発見" するのはインフルエンサーなことが多い)、これははっきり駅広告よりWeb広告として活用されることを意識して作られたものに見える。

「1000万もえらる」の件のTogetterまとめで言及されている、ヴァニラの逆さ広告(街頭の広告を上下逆にして掲載することで、SNSでの拡散を狙ったと思われるもの)もそうだろう。SNSでのバズを狙ったマーケティングは、今やSNSの外からも盛んに行われている。

事例③:音圧爆上げくんのコラッツ予想懸賞広告


7月に展開されて仰天した広告手法がこれ。

「あらゆる正の整数は「偶数だったら2で割って、奇数だったら3倍して1を足す」を繰り返すと1になること」を証明したら、1億2000万円の賞金を出します、と、株式会社音圧爆上げくんが数学の問題に懸賞をかけたのである。

実はこの問題、昔から「コラッツの予想」という未解決問題として知られているもので、否定的にも(ならない数が存在するのを示す)肯定的にも(必ず1になるのを示す)解決されていない、正真正銘の整数論の難問である。

懸賞の詳細は次のPDFに掲載されている。
https://mathprize.net/files/collatz-conjecture-rule-ja-20210707.pdf

もちろん、この整数論の難問の解決は音圧爆上げくんの本業である、音源の音圧爆上げソフトウェアの機能にいっさい寄与しない。音圧爆上げくんは数学の発展を願った社会貢献のスタンスを取っているが、懸賞の期限である2031年まで解かれることはないと踏んで「音圧爆上げくんが数学の未解決問題に高額の賞金をかけた」ニュースをメディアリリースすることで知名度をあげよう、というのが一番大きな本音だろう。

この広告においては社名が音圧爆上げくんであることが実に巧妙である。通常であれば、無名の会社が数学の未解決問題に賞金をかけたところで、誰も社名なんて見ないし覚えもしないだろう。そこへこれでもかというくらい明快なプロダクト名音圧爆上げくんが入っていることで、記事を読んだ人に「音圧爆上げくんって何だろう……」と思わせ、それがプロダクトへの導線になっているように思う*3

社名を明快・印象的にして数学のしばらく解けなさそうな難問に勝手に賞金をかける、すごい方法を発明したものだと思う。

本当に解決されたら会社が倒産しそう。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない

これらの話題は真相が世に出ることはなくどうしても陰謀論的になってしまうのだが、家の前にレアなカブトムシが転がってたからって空き巣に狙われてるとは限らないし、ツッコミ待ちみたいに見える広告が全部バズマーケティングを指向しているとも思わない。ぼくはバズマーケティングの専門家でもなんでもないし、狙ってやったわけではないものを邪推してるケースやトンチンカンな推論だってあるだろう。そもそもバズマーケティングを狙ってやるのは難しいとも言われる。

世の中には危険な広告もたくさんある。一瞬だけ立ち止まって「粋なことをしている広告だな」「ツッコミ待ちみたいな状況だな」の先に、何か隠された目論見がないか考えてみる時間は、無駄ではないように思う。

ぼくは最近あらゆるものが広告に見えて困っている。

*1:タイポグリセミア - Wikipedia

*2:https://www.kincho.co.jp/internet/daisuki/

*3:タイトルで全てを説明するのは現代の通販サイトの商品名やweb小説などにも特徴的な傾向のように思う。このことについては今後気が向いたら書く