SNSマーケティング戦略2021おぼえがき

SNSを利用した広告の戦略ってスゴくて、ここまでやるのか〜 といつも唸らされている。
ここ最近で特に感心したバズマーケティングの事例をいくつか紹介したい。

事例①:グラブルの誤字広告

summercampaign2021.granbluefantasy.jp

2021年8月1日から行われている、Cygamesによるグランブルーファンタジーの「1000万もえらるグラブルキャンペーン」は、ゲーム内の無料ガチャ(2週間のキャンペーン期間中、毎日引ける)を引くと、ゲーム内アイテムのほか、毎日3名に現金100万円が、10名に現金10万円が、期間全体で2名に1000万円が当たる、というキャンペーンである。

異常にカラフルな動画にキャッチーな音楽で「いーっせんまん も〜らえる グラブル♪」が繰り返されるこのCM、注意深く見ないと見落としてしまいがち*1だが、このデカデカと書かれた広告には「もらえる」が「もえらる」になっている誤字がある。

この堂々たる誤字については、SNS上で「ちょっと! Cygamesさん! でっかい誤植してますよ!」系の書き込みが多くなされた。

togetter.com

上記のTogetterまとめにも、いや、この「もえらる」はわざとなんじゃないか?という指摘がある。わざとでないわけがないだろう。これは誤字マーケティング(ぼく命名)である。

ナンプレのアプリ広告

ある日、ナンプレアプリのTwitter広告が流れてきた。


130回やってもクリアできません。と書かれたこのナンプレ問題、じっさい絶対にクリアできなくて、数字が決定できないとかではなく真ん中の行に2が2つ入っているので、どだい無理で問題として成立していない。

この広告は現在122RT、202引用RTというかなり変わった割合で拡散されている。引用RTの内容はだいたいご想像の通り、このナンプレに取り掛かろうとして問題が不成立なことに気づいた人たちの、「絶対できないはず」とか「不成立な問題出すあたり出題者側のIQが足りてない」といった、出題への不満である。

しめたものである。

問題に不備があるおかげでこの広告は多くの人々に拡散されて広まっていく。「クリアできない」と書いてて実際クリアできないのだからどこにもウソは書いていない。この広告はまわりまわって不満の言及が目に入らなくて「あっ、数独のアプリがあるんだ〜、インストールしてみよう」となる人のもとに届き、その人たちの中から課金が行われる……という流れになるのだろう。

零細アプリがどんな形であれまずバズで知名度を得る手段として、この広告は相当にクレバーなもののように思う。

誤字マーケティング

この不備/誤字マーケティングの特徴は、本来の広告ターゲットではない人が拡散してくれることだろう。「1000万もらえるグラブル」なら見向きもしない人々が、「もらえる」が「もえらる」になっていることを "発見" したとき、この誤字の "発見" をSNSで共有してくれるのである(その人がグラブルで毎日ガチャを引いて1000万当てる気がまったくなかったとしても)。このブーストの効果によって、もともとの広告だけでは届かなかったはずの広告ターゲットの目まで、「もえらる」が到達する。

summercampaign2021.granbluefantasy.jp
キャンペーン公式サイトも「ツッコミどころ」満載で、誤字に加えて「なんぼでもツッコミで拡散してくれ〜」という姿勢を感じる

事例②:キンチョールの新聞広告


俺たちのキンチョールがまたやってくれた! うおおおおおおお! Web広告って最悪だよな! リンク先のサイト*2もシャレがきいてていいな!

パーソナライズされたWeb広告に日々触れて、インターネット活動を誰かに監視されているような気持ちになる人は多い。最近は業界でパーソナライズ規制の動きも出ている。新聞広告はそのへん気楽でいいよね、Web広告って疲れるよね、というメッセージが込められたすばらしい新聞広告である。

でもちょっと待ってほしい。この広告のターゲット、どこの、誰向けのものだろう? 新聞広告だから新聞の購読者向け?

本当に?

この広告のメインターゲットは新聞の購読者ではなく、SNSをやっている層ではなか?

すでにブランドがしっかり有名でどこでも売っているキンチョールの広告戦略は知名度を上げることではなく、いかに他社製品に対して差別化を行うか、自社ブランドのイメージアップを図るかにあるように思う。

Web広告への所信表明などは殺虫剤の効能とは全く関係ないのだが、「あの会社は日ごろから不満を抱いているWeb広告に一言物申してたな……」という情報は、商品を選ぶときわずかながらキンチョール側に背中を押してくれるだろう。

この広告は大変にバズり、上記ツイートの1.3万RTほかに加え、各種のインターネットメディアでこの広告について記事が組まれた。よく見ると広告にはバズらせるため多くの仕掛けが施されている(キャッチーなフレーズ、自己言及的なユーモア、Web広告への問題提起、URLがInternet/daisuki、珍妙なリンク先ページ)し、推定されるインプレッションは新聞の購読者数を軽く凌駕するだろう。はたしてこれは本当に「新聞広告」だろうか?

SNS外からのバズマーケティング

似た例として、2020年の化粧品メーカーの駅広告があった。


これらを "発見" して拡散する人がどういう意識なのかとは別に(ところで、どういうわけかこの手のものを "発見" するのはインフルエンサーなことが多い)、これははっきり駅広告よりWeb広告として活用されることを意識して作られたものに見える。

「1000万もえらる」の件のTogetterまとめで言及されている、ヴァニラの逆さ広告(街頭の広告を上下逆にして掲載することで、SNSでの拡散を狙ったと思われるもの)もそうだろう。SNSでのバズを狙ったマーケティングは、今やSNSの外からも盛んに行われている。

事例③:音圧爆上げくんのコラッツ予想懸賞広告


7月に展開されて仰天した広告手法がこれ。

「あらゆる正の整数は「偶数だったら2で割って、奇数だったら3倍して1を足す」を繰り返すと1になること」を証明したら、1億2000万円の賞金を出します、と、株式会社音圧爆上げくんが数学の問題に懸賞をかけたのである。

実はこの問題、昔から「コラッツの予想」という未解決問題として知られているもので、否定的にも(ならない数が存在するのを示す)肯定的にも(必ず1になるのを示す)解決されていない、正真正銘の整数論の難問である。

懸賞の詳細は次のPDFに掲載されている。
https://mathprize.net/files/collatz-conjecture-rule-ja-20210707.pdf

もちろん、この整数論の難問の解決は音圧爆上げくんの本業である、音源の音圧爆上げソフトウェアの機能にいっさい寄与しない。音圧爆上げくんは数学の発展を願った社会貢献のスタンスを取っているが、懸賞の期限である2031年まで解かれることはないと踏んで「音圧爆上げくんが数学の未解決問題に高額の賞金をかけた」ニュースをメディアリリースすることで知名度をあげよう、というのが一番大きな本音だろう。

この広告においては社名が音圧爆上げくんであることが実に巧妙である。通常であれば、無名の会社が数学の未解決問題に賞金をかけたところで、誰も社名なんて見ないし覚えもしないだろう。そこへこれでもかというくらい明快なプロダクト名音圧爆上げくんが入っていることで、記事を読んだ人に「音圧爆上げくんって何だろう……」と思わせ、それがプロダクトへの導線になっているように思う*3

社名を明快・印象的にして数学のしばらく解けなさそうな難問に勝手に賞金をかける、すごい方法を発明したものだと思う。

本当に解決されたら会社が倒産しそう。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない

これらの話題は真相が世に出ることはなくどうしても陰謀論的になってしまうのだが、家の前にレアなカブトムシが転がってたからって空き巣に狙われてるとは限らないし、ツッコミ待ちみたいに見える広告が全部バズマーケティングを指向しているとも思わない。ぼくはバズマーケティングの専門家でもなんでもないし、狙ってやったわけではないものを邪推してるケースやトンチンカンな推論だってあるだろう。そもそもバズマーケティングを狙ってやるのは難しいとも言われる。

世の中には危険な広告もたくさんある。一瞬だけ立ち止まって「粋なことをしている広告だな」「ツッコミ待ちみたいな状況だな」の先に、何か隠された目論見がないか考えてみる時間は、無駄ではないように思う。

ぼくは最近あらゆるものが広告に見えて困っている。

*1:タイポグリセミア - Wikipedia

*2:https://www.kincho.co.jp/internet/daisuki/

*3:タイトルで全てを説明するのは現代の通販サイトの商品名やweb小説などにも特徴的な傾向のように思う。このことについては今後気が向いたら書く