非対称性の感染:魚の右利き左利き

魚の右利き左利き

魚にも実は右利きのやつと左利きのやつがいるらしい。

web.archive.org

人間と違って手がない魚の利き方向というのは

口を開いたときに、下顎がまっすぐ下に開くのではなく、必ず右か左に曲がって開きます。

で定義されていて、下あごが右に曲がるのが「右利き」、左に曲がるのが「左利き」、ということになっているらしい。また、実は魚の身体はまっすぐではなく右か左にしなっていて、左利きのやつは右方向に、右利きのやつは左方向に弧を描くように曲がっているとのことで、これによって右利きは左方向に行くのが得意で、左利きは右に行くのが得意と考えられているようだ。

右利きの魚食魚の胃の中からは左利きの魚が、左利きの魚食魚からは右利きの魚が多く発見されています。 このことから、魚食魚は自分とは逆の利きを多く食べていると考えられています。

とあるのはちょっとおもしろい話で、たとえば得意な曲がり方向が同じ捕食者と被捕食者が正面から出会った場合、得意な曲がり方向が異なる捕食者と被捕食者が正面から出会った場合のそれぞれについて、被捕食者が得意方向に逃げたとしたら前者は食われにくそうなのに対して後者は食われやすそうである(下図)。

f:id:xcloche:20190725222407j:plain

この適当に書いた絵の状況が妥当かはわからないしおそらく妥当でもないが、どうも狩りにおいても対称性がなんらかの形で寄与することはあり得そうである。

利きの均衡・不均衡

左利きの魚のほうが右利きより強い、ということもないし、たとえばエサの利き方向が偏ったとしても、エサに左利きが多いなら右利きの捕食者が増えるし右利きの捕食者が増えればエサ側の左利きが食われて減って右利きの利得が少なくなってもとの状態に近づくような方向への復元力がはたらくわけである。

そのため、この魚の例の場合、「魚全体としてどちらかの利き方向に大きく偏る」ということはあまり考えられない。利得を最大化するように系が発展した場合、「左利き:右利き=5:5」のまわりでの振動、という展開になるだろうことが想像される。

しかし、考えてみると人間の利き手は「左1:右9」と大きく5:5から乖離している。

人間の場合は捕食・被捕食の関係ではなく、同種同士において「競争の際、左利き(少数派)はVS左利きに慣れていない右利き(多数派)を倒すのに有利である」ことが左利きの利得とされている(野球の打者の左利きが率がとても高いことが傍証としてある)。

が、さきほどの例をもとに考えれば、左利きが有利なのであれば左利きがだんだんと増えて(これによって左利きの優位性はだんだんと下がっていく)優位性がない状態(5:5)でバランスするのが自然である。

それでも右利きが圧倒的に多い理由は、どうやら捕食などを含む競争関係と違って、協調関係においては利き手が同じことが有効にはたらく多数派であることによる右手側の利得が存在するために、5:5から離れたところでバランスしている、との説があるようだ。

logmi.jp

右手用の道具のほうが充実しているので右利きは楽、といった具合である。ほか、そこまで優位性に差がないために遺伝子の割合が変わらず維持されている、という見方もあるだろう。

非対称性が固定された生物たち

特に左右どちらかが有利であるとは言えなそうでも、左右に大きな非対称性があって現状どちらかに固定されている生物がいる。

いちばん有名なのは「左ヒラメに右カレイ」だろうか? 側面を海底につけたまま生活するこれらの魚は、海側に両目があるよう身体のどちらかの側面に両目を寄せているという特徴がある。ヒラメは身体の左側面に、カレイは身体の右側面に両目があるのをこの言い回しで言うのである。これらの魚は生まれたときは左右対称で、成長に従って偏っていくそうである。

www.jstage.jst.go.jp

強い非対称性をもつ生物を対称性の観点から分類する「random asymmetry(ランダム非対称)」と「directional asymmetry(方向つき非対称)」という考えがある。

ヒラメやカレイのように非対称性が種全体でどちらかに偏ってるのを方向つき非対称、各個体は非対称だけれども種全体としてみれば左に寄ってるやつも右に寄ってるやつもいるのをランダム非対称と呼ぶようである。

ヒラメとカレイの共通祖先であるボウズカレイはランダム非対称とのことで、どうもヒラメやカレイの対称性の破れは、個体レベルの生存でどちらかの方向が突出して有利というわけではなく、ヒトの右利きのようになんらかの協調の原理が作用してか、偶然どちらか片方に偏って固定されたもののようである。

ヘビとカタツムリ

巻貝であるカタツムリも左右性がはっきりしている生物のひとつだろう。かれらも方向つき非対称であり、多くが右巻きである。

で、この右巻きだらけのカタツムリを常食しているセダカヘビというヘビがいて、「どうせ右巻きしかおらへんのやから右巻き食うのに特化したろ」ということで、このヘビは右側のほうが歯が多いという進化をしていて、「右利きのヘビ」とか呼ばれているらしい。

www.kyoto-u.ac.jp

タツムリを食うのをやめてナメクジ食をはじめた近縁種では左右の歯の本数が均等に近づいているとの話もあって、どうやらエサが極端に非対称であれば、捕食者もそれに特化して非対称になることがあるようだ。

非対称性の感染

考えてみると、左右非対称性という抽象的なものが、種間をこえて非遺伝的に「感染」しうる、というのはどこかミームの伝達のようでもあり、かなり趣深い現象である。

ここで少し考えてみると、この非対称性の感染、左右の対称性以外の対称性についても起こりうるのではないだろうか?

生物にはさまざまな対称性を持ったものがおり、球状であったり、筒状であったり、放射相称(クラゲとかヒトデみたいなやつ)だったりする。

たとえば球状の特に方向性をもたない生物に比べて、筒状の軸対称な生物は「方向性を獲得したため、狩りや逃げるのが得意になっている」というのは十分考えられて、これに追われる/これを追う生物も同じように方向性をもつため対称性を崩す進化をした、というのは、もしかすると進化史的に実際にあったことなのかもしれない。「ある種の対称性の破れが環境において有利である」という情報は、種を超えて伝播するのだ。

あるいは、多くの高等生物が左右対称な構造を持つ現在、なにかのきっかけでもし食物連鎖の下層の生物がそろって「左利き」ばかりになってしまったら……遠い未来、食物連鎖で左右の非対称性が次々と感染していって、生態系が左右非対称な生物種ばかりの世界になったって、そんなに不思議でもないのだ。

メモ

  • 生物の身体を構成するアミノ酸はほぼ「左手型」が用いられていて、分子レベルでは生物の鏡像対称性は片側に偏りまくっている。ただし、これは共通の祖先をもつためにこうなったものと考えられている。

  • いまは高等生物の設計図は左右対称を基本としたものをもとに作られているからわずかな左右差のものが多いが、たとえば生物史をもう一度やり直したり、宇宙のほかの星の生物のことを考えると、左右の対称性が高いのが基本というのは決して自明なものではなさそう。

  • 「カタツムリ食をやめたヘビは歯並びが良い 」ってタイトルはなんかかっこいい。

過去の対称性に関する記事(バーチャル空間における対称性)

xcloche.hateblo.jp