かぐやSFコンテスト
以下の文章は、第1回かぐやSFコンテスト(「未来の学校」をテーマとしたショートショートの創作コンテスト)にコッソリ出品していた作品です。嬉しいことにHonorable Mention (選外佳作)に名前をあげていただいたようです。せっかくなので公開します。
現代地質学講義
――はい。それでは今日の講義をはじめたいと思います。今回で七回目ですね。何かわからないこと、もっと詳しく聞きたいことがあったらいつでも手を挙げて質問してくださいね。
前回の講義ではだいたい300万年ほどの長さにわたって地球上のほとんどの大地が氷河に覆われていた「更新世」についてお話しました。この時代は地球史的に見てもかなり寒冷な部類の時代だったと考えられています。この氷が溶け出したのが今日勉強する地質年代、「完新世」のはじまりです。
完新世では、更新世のとき大陸の上にあった氷が溶けて水になったために、まず海水面の上昇がおこりました。海水面が上がると何がおこりますか? はい、そこのきみ。
「陸だったところが海になる」、そうです。陸の低かったところが沈んで海になっちゃうんですね。場所によっては、それまで陸つづきだったところが海峡になって隔てられる、なんてことも起こります。そうなると海を渡れない生物集団は孤立するので、島ごとに生態系のバリエーションが発達することになります。これは出土した化石からも確認されていることですね。
この時期に他におこった大きな変化としては、氷床の融解と温暖化によって空気中の水分量が大きく増えたことが挙げられます。湿潤化によってそれまで草原だったところが森林にとってかわり、草原をすみかとしていた大きな動物たちが姿を消していったようです。マンモスなどの絶滅ですね。
しかし、この過渡期におこった大絶滅も、完新世後期の大量絶滅と比べると些細な変化と言えるでしょう。完新世の後期に発生した大量絶滅では、実に生物種の90パーセント以上が死滅したと推定されています。
完新世後期は本当に謎の多い時代で、大量絶滅がおこったほかにも重要なポイントがあります。知性体の痕跡と思われる化石が多く出土しているのです。例をあげると、直線的な構造物、精錬された金属、濃縮された放射性物質などが挙げられます。
が、奇妙なことに肝心の知性体自身の化石はまったく出土しないのです。
この知性体の不在は発掘当初、学界でも大きな議論を呼びました。「知性体がごく微小だった可能性はないか」、これは原住生物の神経構造を調べることで否定されました。この星で当時知性体が生じた可能性があったのは大きさが一定以上の動物に限られるのです。また、「これらは知性体でなく、生命の自己組織化の作用によってできたものだ」とする説――痕跡のバリエーションの大きさから否定されました――そうそう、「何らかの理由で知性体が死んだ仲間の死体を焼いていたのではないか」なんてトンデモ説までありましたっけ。「単にまだ発掘されてないだけだ」といまだに当時の知性体を発掘しようとしている研究者も――
はい、質問ですか? どうぞ。
「なぜ「仲間の死体を焼いていた」なんて滅茶苦茶な説が出たのか」ですか? いい質問ですね。完全に余談になっちゃいますがお話しましょう。仮に原住生物の知性が発達していたのなら、先ほど言ったように知性体まで発展する可能性があったのは動物種だけなので、リン酸カルシウムの骨を持っていたはずです。リン酸カルシウムは焼くと化学変化して水に溶けるようになって、化石として残らなくなります。だからこのトンデモ説は「原住動物が進化して知性体となったが、死んだのちに骨を焼いていたので化石として残らなかった」と主張しているんですね。
私から言わせてもらうと「知性体はいたけど化石としては残らなかった、なぜなら死体を焼いてたからだ」なんてのはまあ説としては多少おもしろくても反証不可能ですし、あくまで屁理屈、トンデモ説ですね。知性体がそんなエネルギーもエントロピーも無駄にする行為をするとも思えません。死体を焼くなんておぞましくもったいないことは、うーん、そうですね、B級SF小説のネタくらいにはなるかもしれませんけどね。
タネ明かしすると、「この時代に我々のように他の星から知性体がやってきて、しばらく資源採掘のため滞在し、採掘が終わると去っていった」というのが答えです。
この証拠はたくさん挙げられますが、「地表付近の放射性元素の埋蔵量が星の成立年代や近くの星の元素組成から考えて明らかに少ない」のが大きいでしょう。ここまで恒星に近く光エネルギーが十分だと放射性元素を惑星上で核燃料として使う必要はないので、この核燃料の素材となる元素は惑星の外に持ち出されたことになります。というわけで、少ないぶんの放射性元素は「恒星間航行の燃料として使うため星系外に持ち出した」と考えるのが妥当なわけですね。 実際のところ、この惑星の元素組成は知性レベル3程度の種族によって核反応に用いやすい資源を採掘した星に典型的なものになっています。
もうひとつの大きな証拠は、この時代の地層から多くの炭化水素系高分子化合物の化石が出土していることです。最近の研究で、この星の動物の消化器官や植物、菌類ではこれらの高分子化合物群を分解できないことがわかりました。原住生物に分解できない多種多様な「デッドエンド」化合物を大量に生産するのは惑星のリソース的な面から考えてもまず知性体によるものではないため、かつてはこれらを実際に代謝できる生物がいたということになります。全く異なる代謝系の、つまり、異星由来の生態系が一時期滞在していたことの証拠なわけですね。
完新世後期の地層がごく薄いのと、他年代と比べて均質な傾向があるのも資源目的の異星知性体が滞在した痕跡とされています。持ち込んだ技術を使って惑星規模での移動を行なったり、遠く離れた場所でも似たような品種の生物を栽培したりするとこうした均質化がおこります。資源の採掘には何十万年もは時間がかからないので、彼らがいた痕跡の地層が薄いのも当然でしょう。
というわけで、この完新世後期には「異星から炭化水素系高分子化合物を代謝する知性体が到来し、数万年間滞在して燃料として用いる資源を採掘した後に去っていった」というのが定説です。具体的にこの外部からやってきた知性体がどの種族なのかなどはまだ明らかになっていません。今後の研究が期待されるところですね。
完新世の終わりの大量絶滅も、彼らが去った際のイベントが原因と考えられています。各地で採掘した資源を積んだ超大質量の移民船が核の炎を吹かせて飛び立っていったのですから、その影響はこの星の生態系にとってとても大きなものだったことでしょうね。
実際、完新世終わりごろの地表には至るところに核反応の痕跡が確認されています。
その影響があったのか詳しいことはわかっていませんが、その後大規模な地殻変動が起こって火山が連鎖的に噴火して火山灰が空を覆い、太陽光が地表にあまり届かなくなったために地球は再び氷河期に入りました。ここからは地質年代でいうと現代と同じ区分ですね。
そこへやってきて、居住化のため現在こうした教育事業も交えつつ調査を進めているのが、そう、私たちということになるわけです。この時代の異変の詳しい内容や地層の特徴などは次回の講義で。
今日の講義はこんなところですね。私たちにはこの星について知らないこと、調べなければならないことがまだまだあります。というわけで、ここでお知らせです! 夏季実習ではみなさんには実際に惑星に軌道降下してフィールドワークをしてもらうことになりました。
そんなに前翅をバタバタさせて喜ばないように。お行儀が悪いですよ、まったく。そこも触腕をむやみに回さない!
降下する際は原住生物に気をつけてくださいね。今は数も減ってめったに遭遇することはありませんが、群れで襲ってくる毛のないやつらが特に厄介です。
遭遇してしまったときは学校が貸与する電気銃を使って、必ず群れごと始末するように。まちがってもふざけて焼いたりなんてしないこと。星のリソースは、有限です。