てきとうライトノベル案内

縁うすい世界に眠っているお宝

 ハーレクインって月に新刊が15冊、累計では3000冊以上出てるらしくて、ハヤカワSFがこの前2000冊記念で解説本を出してたことを考えても、これは大変な量である。

 マーケットが大きければその中には名作があるにちがいない、という話を最近よくしていて、私が好きそうなハーレクインおもしろ小説を勧めてくれるレビュアーがいたら喜んで読むのだけど、残念ながらそんな人はいなくて、あの3000冊の中にはきっと私が絶賛する作品が眠っているのだな……と思って悶々としている。

 他に市場規模がデカいけどあんまり触れたことのないジャンルがBLで、本屋のかなりの面積を専有しているアレには絶対私好みのものもいっぱいあるはずだな……と思う。こちらについてはブログのレビューを読んだり人のお勧めを聞いたりしてちょっとずつ読んでみていて、まだ大当たりに出会ってはいないものの、お宝が眠っていそうな確かな手応えを感じている。

 えっちな漫画、えっちなアニメ、えっちな映画、えっちなゲーム、etc…にもこの傾向が強い。特にアニメ/映画については「実験的なことをやりたいけれど、それだけでは商業的にキツいからえっちなシーンを入れてマネタイズする」ということが行われてきた経緯がある。話の筋に全然かかわらない不自然なえっちなシーン、「ノルマエッチ」が挿入されることすらあるそうで、売られるマーケットや消費者は分離されている傾向があるものの、内容的にはそこまで変わらなかったりするらしい。古いところでは日活ロマンポルノなんかが有名だ。

しかし、ロマンポルノには映画創作上のメリットもあった。予算も限られ、短納期の量産体制という厳しい環境ではあったが、後にある映画監督が「日活ロマンポルノでは、裸さえ出てくれば、どんなストーリーや演出でも、何も言われず自由に制作できた」と語った様に、「10分に1回の性行為シーンを作る」「上映時間は70分程度」「モザイク・ボカシは入らない様に対処する」など、所定のフォーマットだけ確実に抑えておけば、後は表現の自由を尊重した、自由度の高い映画作品作りを任された。(日活ロマンポルノ - Wikipedia

 本はけっこう読むけれどライトノベル/ジュヴナイルはあまり読まない、という人は多くて、そうした人たちにとってのライトノベルは、私にとって上にあげたような、縁はうすいがでかくて得体の知れないマーケットなのだと思う。私はいくらかライトノベルを読んでいて、その中には多少のいい出会いもあった。
 今回は、ふだんジャンル小説を読んでいるがライトノベルはあまり読んだことがない、という人に向けて、おすすめの作品を10個ほど紹介したいと思う。

ひとことレビュー

筺底のエルピスオキシタケヒコ

 この作品はわりとSF読者にリーチしてる気がする。たしか円城塔が絶賛してた。
 ウイルスのように感染して、感染者を狂わせて殺人を犯させる“殺戮因果連鎖憑依体”、通称「鬼」を狩るお話。主人公たち鬼狩りは「停時フィールド」と呼ばれるある一定空間の時間を停める能力(外形や持続時間は人によって異なる)をもっており、これが能力バトルに使われたり、時間SFのガジェットに使われたりする。作中に出てくるバラエティあふれる特殊能力すべてがこの「停時フィールド」の設定から演繹されるという非常にストイックな構成。
 「宿主が殺されたら他の宿主に憑依する」厄介な性質をもつ鬼を滅ぼすため、主人公たちは自ら感染しタイムトラベルして「人類が滅んでしまった未来」に行って自殺する(仮死状態になる)ことで鬼に行き場をなくさせ消滅させる、という手続きをとっている。タイムトラベルと「時間を停める能力」、強力な鬼との戦いや他の鬼狩り組織との争いが見事に噛み合って、傑作バトル時間SF(?)に仕上がっている。4巻まで読むとどんどんダシが出てくる。
 著者の他の作品だと、音をテーマとした連作短編『波の手紙が届くとき』、お肉がおいしい人類史SF短編「プロメテウスの晩餐」が特におすすめ。

〈とある飛空士シリーズ〉犬村小六

 高低差1300メートルの滝“大瀑布”によって海が上下に隔てられた世界を舞台にした少年少女の群像劇。この世界を舞台に『とある飛空士への追憶』、〈とある飛空士への恋歌〉、〈とある飛空士への夜想曲〉、〈とある飛空士への誓約〉の長編やシリーズが出ている(完結済)。船ではこの高低差を行き来できないため、水上飛行機の発明以後に上下の住人がお互いの存在に気づいた、という設定になっている。
身分違いの恋、仇をそうと知らずに好きになってしまった苦悩、元王族の大演説など、演出や展開の劇的な感じが妙に戯曲くさくて、くせになる。

〈賭博師は祈らない〉周藤蓮

 18世紀のロンドンを舞台にしたギャンブルもの。主人公はギャンブラーで生計を立てているだけあって、勝負には筋道立って勝つべくして勝っていく。
 賭け勝負の熱い展開(特に2巻)もさることながら、当時の様子やギャンブルの描写が見どころ。ブラックジャックのカウンティングが発明されていない時代、チェスのルールが変わる過渡期の物語。異常に綿密な取材をしている気配を感じる。ヒロインは中東あたりから連れてこられた奴隷で、言葉もわからなければのども焼かれていてまったく話すことができない。
 支倉凍砂のファンタジー作品群(〈狼と香辛料〉、〈狼と羊皮紙〉、〈マグダラで眠れ〉)に雰囲気が近いところがあるので、どちらかが気に入ったならもう片方を試してみるのもいいかもしれない。

〈ねじまき精霊戦記 天鏡のアルデラミン宇野朴人

 普段は昼行灯の主人公は実は軍師として天才的な手腕をもっていてピンチになると活躍しだす中世風戦記物ファンタジー……かと思いきや……という感じ。作中で技術が進歩して、気球/火砲/狙撃銃などの登場による、現実の世界でもあったであろう戦略パラダイムの変化が再演されていく。現実と違うのは「精霊」とよばれる妙に便利な存在(水を浄化したり火をつけたり動力になったりする)が人間と共存していることで、このあたりの事情について10巻で怒濤の設定開示がある。戦記物としてわりと面白いと思って読んでたら別のところからもパンチを食らう感じ。アルデラミンというのは実在する恒星の名前です。

『妖姫のおとむらい』希

 伝奇グルメ小説? 「旅をしつづけなければ食べ物の味がわからなくなってしまう」奇妙な体質をもった青年が訪れる先々で不思議な空間に迷い込み、いろいろなうまいものにありつく。主人公は案内人をつとめる少女「妖姫」に対して終始なぜか食欲を催してしまい、しきりに「舐めさせてくれ」などとお願いする。ノスタルジーあふれる内容と文体で読み進めるのがたのしい。著者は稲垣足穂のファンらしい。

りゅうおうのおしごと!白鳥士郎

 将棋もの。16歳で竜王となった主人公に女子小学生の弟子がつくことになって、ラブラブコメコメするロリライトノベル……と思いきや、熱い将棋の戦いや、つらい才能の話がいっぱい出てくる。主人公が属する一門のメンバーを中心とした群像劇で棋界の人々の奮闘が描かれる。才能ある人が努力したら才能がない人がどんなに努力しても到達できない遠いところにいってしまう話。才能ある人が「自分には才能がない」と思いながら努力しまくるのを、才能がない人が見る……といった構図がいっぱいあって、読んでいてウワーとなってしまう。
 謎のタイミングでラッキースケベ的謎展開が挿入されて読んでてキツくなることがあるので注意。
 棋界の綿密な取材をしていて、キャラクター造形やエピソードに活かされている。特に5巻が白眉の出来。

『ピニェルの振り子』野尻抱介

 生態系SFの傑作。辺境の惑星で蝶のハンターをしていた少年が、蒐集目的でやってきた宇宙船の水先案内をつとめることになり、なんやかんやあって超大なスケールの天体現象の謎が解き明かされていく。とにかくモチーフの扱いがうまくて、相似構造や演出がカチリカチリとはまっているのが心地いい。
 「銀河博物誌①」と銘打たれているが10年経っても②が出る気配はない、というかソノラマ文庫自体がなくなってしまった。 著者の似た傾向の作品では〈クレギオン〉シリーズの『フェイダーリングの鯨』、『ベクフッドの虜』など。
宇宙開発ものの〈ロケットガール〉シリーズ(特に3巻)もおすすめ。

〈赤村崎葵子の分析はデタラメ〉十階堂一系

 日常ミステリ……なのだが、変わった構成をしていて、謎が ①本編で解かれ ②チャットルーム(本編の謎について登場人物が話し合う断章)で解かれ ③あとがき後のおまけコーナーで解かれ ④さらにまだ解くべき余地があることが示される という4段以上の謎解きをする構え。読者に残された余地についてもヒントが十分に提示されていて、注意しながら読むとまた違った視点がひらけて、再読が非常に楽しい。

『ペンギン・サマー』六塚光

 昔話、ペンギン、謎の組織、宇宙船、夏休み…… 組み合わされている要素もバラバラなら語りの手法や視点もバラバラの、断章が組み合わされたような不思議な構成の小説。なぜか最後には一応シュッとまとまって快感があった。いま手元になくて記憶が怪しいので戻ったら追記する。

「あたらしくうつくしいことば」石川博品

 聾学校を舞台にした百合小説。転校生としてやってきた二人の少女は使っている言語(手話言語)が違っていて、受け入れ先の学校の生徒と転校生たちの間にはあたらしいことばが形作られていく。コミュニケーション方法の変化と人間関係の変化を絡めて扱う手つきがうまい。
 作者の他の百合作品には『四人制姉妹百合物帳』など。こちらでは洗練された文体でお下品な内容をやっていてたのしい。


 今回はこれくらいで。